生きてこそ
Sunday 28th August 2005 11:54
なん
これはサバイバーって番組があったけれど、あんなもんじゃないんだよ。だって一面雪山なんだ、食べるものだってほとんどないんだ。最初は助けに来てくれるって思っていたんだよね。だから墜落した時のかばんの中に入っていた、チョコレートとか、ワインを分け合ってそれを食べながら希望を持っているんだ。皆で工夫しながら寒さを防いだり。
でも何日も経つと、この冬の雪山では生存者などいないだろうと、捜索が打ち切られてしまうんだ。彼らはラジオでそれを知るんだ。つまり自力でなんとかしない限りは、この雪山で死んでしまう。食べ物だってないんだよ、水は雪山だから雪を溶かして水にして飲んでいるんだけど、なんせ食べるものがない。まして冬なので木がない。食べるものがないので、力も出ないので、自力でなにかするにも限界があるんだ。体力が日に日になくなっていく。怪我をした仲間などが亡くなっていく。
私これは宗教観もあると思うんだ。彼らはこんな極限の状態の時に、神様がおられるって、毎晩神に祈りながら眠りにつくんだよ。まあ私だってこんな状況になったら、神様仏様かもしれないけれど、信仰心というのは強いものなのかもと感じた。
生きていくことのすさまじさ、この極限に比べたら、私の生活なんてなんてちっぽけなんだろうと思う。うだうだ言うんじゃないよって思える話です。これは公開当時、人肉を食べる話というのが、一人歩きしてしまった映画ではないかと思う。それだけ取り上げれれば、なんか猟奇的な気持ち悪い話だよね。でもこの映画のテーマはそれではないんだよ。生きていくには亡くなった仲間の肉を食べるしか、選択肢はないんだ。究極極限の中での選択だよ。私だったらどうする?今の時点では食べられないよ。だって暖かい布団と食べ物がある、不自由のない環境での発言だもん。でもあの映画を見ていると、あんな過酷な状況で、餓死を選べって言える方が不思議だと思う。そこだけが強調されてしまうのはもったいないと思う。
そしてなんとかこの状況を知らせるために、彼らはアンデスの山を越えるんだ。きっと助けを呼んできてくれると信じる仲間。そして死ぬのならとどまって死ぬのではなく、歩いて死にたいと山越えに挑戦するもの。すごいです。72日間の格闘の末、山越えに成功し救助のヘリが来たときには、心から涙がでた。
ラストのアンデスの雪山にそびえる十字架をバックに流れるアベ・マリアは圧巻。亡くなった仲間たちのために、アンデスの山に鉄の棒で十字架を作ったそうです。
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